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PEACE BED アメリカvsジョン・レノン

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PEACE BED アメリカvsジョン・レノン

 

番組紹介

INTRODUCTION

PEACE BED ジョン・レノン、誰も知らなかった真実
「ザ・ビートルズ」のメンバーとして、世界的なミュージシャンとして、今なお絶大な人気を誇るジョン・レノン。そのカリスマ性は不変だが、ひとりの平和主義者としてのジョン・レノンの人物像に迫る、まったく新しい映画が誕生した。
戦争や暴力を憎み、心から平和を愛したひとりのミュージシャンが、なぜ<アメリカ>という巨大な敵との闘いに身を投じなければならなかったのか。アメリカで圧倒的な人気を得ながら、FBIに「危険人物」としてリストアップされ、国外退去命令まで受けていたジョン・レノンの知られざる闘いを描きたい――。監督のデヴィッド・リーフとジョン・シャインフェルドの熱い思いは、妻であるオノ・ヨーコの心を突き動かした。彼女の全面協力の下、レノン/オノ・アーカイブが膨大な資料を提供。今まで公開されることのなかった映像や30余人に及ぶインタビューを通して、そのときアメリカで何が起きていたのか、ジョン・レノンの歌にどんなメッセージが込められていたのかが今、まったく古びることなく新鮮な感動とともに、見る者の胸に響くのだ。

PEACE BED
ベトナム戦争や人種差別、世界にあふれる貧困や暴力と闘うために何ができるのか――。1969年、その思いをジョンとヨーコは大胆な方法で表現してみせる。新婚旅行先のアムステルダムで「戦争をする代わりにベッドで過ごそう 髪を伸ばそう 平和になるまで」と、ベッドで抱き合ったままメディアに登場したのだ。斬新な意見広告のさきがけともなったメッセージ“HAIR PEACE BED PEACE”は世間を驚かせ、若者たちを戦争反対へと動かす大きなムーブメントとなっていく。その影響力の大きさにニクソン政権は脅威を感じ、FBIの監視や盗聴が始まる――。世界最強の国家アメリカの巨大な権力とひとりのミュージシャンとの闘いがサスペンス映画を見るような緊張感とともに明らかにされていく。

PEACE BED アメリカvsジョン・レノン
1971年、ジョンは反体制派の詩人、ジョン・シンクレア支援コンサートに出演する。FBIがコンサート会場に潜入し、歌詞を書き写したという幻の楽曲「ジョン・シンクレア」を歌うジョンの姿や、国外退去命令と闘った末にアメリカ永住許可証(グリーンカード)を手にした日のTVインタビュー映像など、いままで未公開だった貴重な記録映像は必見。全編に流れる39の楽曲のうち2曲は初めて公開される秘蔵音源だ。
「僕らはキリストより有名」と発言し、釈明会見をする25歳の頃から、全世界に向けて「WAR IS OVER IF YOU WANT IT」とメッセージを発するまでに“成長”し、時代を動かしていくジョンの行動から一瞬も目が離せない。愛するヨーコや息子ショーンとともに過ごす、家庭人としてのジョンの幸せそうな表情も印象的だ。

ドラマを越えるドキュメンタリー
妻であり、盟友でもあるオノ・ヨーコへの3回にわたるロングインタビューに加え、親交のあったアーティストやブラック・パンサーの党首ボビー・シール、“敵対”していたニクソン政権の政府高官や元FBI捜査官らの衝撃的事実の告白までも記録。ベトナム戦争の衝撃的な映像と、その戦争にNO!と訴え続けたジョンの歌詞がダイナミックに展開し、ドキュメンタリーだからこそ伝わる興奮と躍動感がスクリーンからあふれ出る。 1980年12月8日 ジョンは凶弾に倒れた。その一方でジョンが憎んだ戦争や暴力は、いまだに絶えることがない。だからこそ「WAR IS OVER IF YOU WANT IT」というジョンの言葉は、いまも大きな意味をもって私たちに問いかけてくる。いまこそ、“PEACE BED”が必要なのだ。

STORY

PEACE BED  1971年12月10日、ミシガン州アナーバー。大麻所持で10年の懲役刑を受けた詩人ジョン・シンクレアを支援するためのコンサートにジョン・レノンとオノ・ヨーコがゲスト出演した。全米に生中継されたこのコンサートによって、ジョンはニクソン政権にとって“政敵”と見なされるようになった・・・。

 「ビートルズはイエス・キリストより人気がある」
 ジョンの歯に衣着せぬ発言は、常に物議を醸していた。米国内、特に南部ではレコードを焼却する騒動が至る所で起き、ラジオ局はビートルズの曲の放送が禁止に。それでもジョンは信念を曲げず、何者に対しても確固たる意思を持って対峙する。その強さは次第に世界平和への願い、反戦活動へと傾倒していくことになる。

 ベトナム戦争が泥沼化していた68年、ビートルズが「レボリューション」を発売したころから、友人やジャーナリストらは“ジョンの進化”を感じるようになる。そして、ヨーコとの出会い。2人は新婚旅行で訪れたアムステルダムで、「ベッド・ピース、ヘア・ピース」と掲げ、ベッドの中だけで過ごすことで反戦を唱え、平和を訴える。

 米政権がジョンソンからニクソンへと変わり、ベトナムからの撤退加速宣言が出されても惨状は改善されず、ジョンは自費で「WAR IS OVER」というポスターを世界12都市に掲出。平和への願いを記事にしてくれるよう、ニューヨーク・タイムズ紙に直談判するなど、直接的な行動に出るようになった。そして、「イマジン」の発売がジョンの活動を後押しし、全米へと波及していった。

PEACE BED  それはニクソン政権にとっても脅威となり、当時のFBI捜査官もジョンを監視、盗聴していたことを認めている。さらに、ジェリー・ルービン、アビー・ホフマンら急進的な活動家と親交を深めたことで、彼らに「政治の達人の手に落ち、道具となった」と言わしめた。

 そのころ、ジョンは友人に「ヨーコと僕に何かあれば、それは事故ではない」ともらしている。米移民局は72年3月、ジョンとヨーコに国外退去命令を出す。理由は、ロンドンでの大麻所持による逮捕歴。それでも、ジョンは不当逮捕だったことを訴え、徹底的に闘うことを宣言する。その姿勢はさらに米国民をはじめとする全世界に影響を与え、ジョンへの支持を広げる結果となった。

 だが、72年、ニクソンが再選したことにより、米政権やFBIはジョンへの興味を失い、76年10月、約4年半の闘いの末、ジョンは米国の永住権を得る。その日は、ジョンの誕生日であり、長男のショーンが生まれた日でもあった。

 ようやく訪れた平穏な日々。だが、80年12月8日、全世界に衝撃が走る。「ジョン・レノン、凶弾に倒れる」。世界各国はトップニュースで報じ、各地で追悼会が開かれ、多くのファンが悲しみに暮れた。

 それでも、ジョンの意思は今も受け継がれている。ヨーコも振り返る。
「彼ら(米国)はジョンを殺せなかった。だって彼のメッセージは生きていますから」・・・。

原題:THE U.S. VS. JOHN LENNON
2006年/アメリカ映画/モノクロ・カラー/99分

出演者・スタッフ

【スタッフ】
製作・監督・脚本:デヴィッド・リーフ&ジョン・シャインフェルド
撮影:ジェームズ・マザーズ
編集:ピーター・S・リンチ2世
日本版監修:オノ・ヨーコ

【キャスト】
オノ・ヨーコ
ジョン・ウィーナー
ロン・コーヴィック
アンジェラ・デイヴィス
ジョン・シンクレア
タリク・アリ
ボビー・シール ほか

番組へのメッセージ

合計5件 最新の4件を表示

国と戦う民の為に

ramune

今沸き立つこの日本に必要な映画。ぜひこの夏の再放映を!!!

2015/08/07(金)11:26

再放送を強く望みます

かな

何度でも観たい映画です。
早くて今年の夏、できれば 年内 の 再放送を強く望みます。

2014/07/15(火)18:21

ビートルズを見直しました

60代男子

6月に見ました。感動的なすばらしい名作です。平和を求めるために戦争に反対し、アメリカ政権に講義する勇気ある行動に強く胸を打たれました。
ビートルズは騒々しいロック音楽だと軽蔑していましたが、ヒューマニックなメッセージがこめられていたことを知り驚いています。当時の音楽関係者はこのことを積極的に発言していなかったのは何故だったのでしょうか。        是非もう一度放映してください。

2013/07/01(月)08:42

再放送してください

みつえ

ジョンレノンの活動について初めて知ることができました。途中からしか見れませんでしたので、是非、再放送してください。

2013/05/19(日)22:53

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