第1話  

大正七年、天堂一也は十歳の時、最愛の母を亡くした。死の直前、母が呼んだ男の名前を一也は生涯忘れなかった。男爵朝倉景清......この男こそ母を弄び、ぼろきれのように捨てた男だった。それから二十年の歳月が流れた。昭和十三年、夏。景清は五十五歳。二人の娘は美しく成長し、幸せな日々を送っていた。姉の柳子は二十歳。気ままで、勝ち気。学校でも女王のような存在で、ライバルと恋の勝負などをして楽しんでいた。そんなある日、柳子の前に不敵な男が現れた。柳子は男の正体を知らなかったが、その男こそ三十歳になった天堂一也だった。