第156回  高杉晋作・過激な倒幕運動を担う奇兵隊の創設と悲しい末路

高杉晋作 幕末に倒幕運動を展開した高杉晋作の敗北から明日を生きるための教訓を探る!1839年、長州藩の中級武士の長男として萩に生まれた高杉は藩校・明倫館や吉田松陰が主宰する松下村塾で学んだ後、上海に渡航。アヘン戦争に敗れた大国・清が欧米列強に支配されている現実を目の当たりにし、衝撃を受ける。帰国後、英国公使館焼き討ちなどに参加した高杉は1863年、武士と庶民からなる混成部隊・奇兵隊を発案し、総督となった。

1864年、過激な長州藩士が禁門の変を起こし、幕府や朝廷と敵対。そんな中、藩の実権を保守派から奪った高杉は1866年の第二次長州征討で奇兵隊を率い、幕府軍を撃退し、倒幕への流れを引き寄せた。ところが、合戦の最中、高杉は肺結核を患い、1867年、29歳の若さで他界してしまう。その後、高杉が創設した奇兵隊は悲劇的な運命を辿ることに...。高杉はなぜ、奇兵隊の行く末を決めることができなかったのか?

奇兵隊をはじめとする諸隊は戊辰戦争の最前線で新政府軍の一員として戦い、明治維新に貢献。しかし、明治政府は彼らに恩賞を与えることもなく、非情な解散命令を突き付けた。そして、それに反発し、武装蜂起した者たちを100人以上も処刑した。山口県下関市にある、日本で初めての招魂社、櫻山神社には高杉の強い思いが込められている。高杉の敗北から学ぶ教訓は...「何かを作る時は不要になった時のことを考えておくべし」!