2026/09/28 13:22
エンタメ総合
NEW 倉本聰さん、8月に力強い朗読披露 『北の国から』コンサートにサプライズ出演 五郎の“遺言”を読む
力強い朗読を披露していた倉本聰さん
脚本家・劇作家・演出家の倉本聰さんが18日夕、多臓器不全のため自宅で死去した。享年91。倉本さんが理事長を務めていた財団が28日、発表した。倉本さんは8月9日、北海道で行われた『北の国から』のスペシャルコンサートにサプライズ出演し、力強い朗読を披露していた。
主催者側によると、倉本さんは8月、1981年にフジテレビ系で放送が開始されたドラマ『北の国から』の舞台となった北海道・富良野市の「富良野演劇工場」で行われた「北の国からスペシャルコンサート」にサプライズ登場。さだまさしら、ゆかりのあるゲストが登場し、320席の客席は販売開始1時間で完売となったという。
倉本さんはコンサートの終盤で、「純、螢 俺にはお前らに遺してやるものが何もない…」と、『北の国から 2002遺言』の中で五郎が純と螢に遺した遺言を、静かに、かつ力強い声で朗読した。黒板五郎の遺言が、作者である倉本氏自身によって朗読されるというサプライズに、客席からはすすり泣く声も漏れた。朗読が終わると、会場からは鳴りやまない大拍手が送られた。
さだにとって、倉本さんと最後に会った機会だったといい、28日に自身のインスタグラムで「今思えば先生登場の時のこと。《暗転~照明濃度まで計算し尽くして、浮き上がるように現れ~五郎さんの『遺言』を朗読~ふわりと暗転してあっという間に舞台から去る》という、あのストイックな演出。今思えばあれが我々への格好良すぎる遺言でした」と悼んだ。
倉本さんは、1935年東京出身。東京大学文学部美学科卒業後、1959年にニッポン放送へ入社。「倉本聰」のペンネームで脚本家としての活動を行い1963年退社後に独立。1977年富良野に移住して居を構えると、1984年から役者やシナリオライターを養成する私塾「富良野塾」を主宰。代表作には国民的ドラマ「北の国から」をはじめ「優しい時間」「風のガーデン」の“富良野3部作”の他、「前略おふくろ様」「昨日、悲別で」「ライスカレー」などがある。2006年から「NPO法人C・C・C富良野自然塾」も主宰し、閉鎖されたゴルフ場に植樹を行い、元の森へと返す〈自然返還事業〉と、そのフィールドを使った〈環境教育プログラム〉にも精力的に力を注いだ。
倉本さんはコンサートの終盤で、「純、螢 俺にはお前らに遺してやるものが何もない…」と、『北の国から 2002遺言』の中で五郎が純と螢に遺した遺言を、静かに、かつ力強い声で朗読した。黒板五郎の遺言が、作者である倉本氏自身によって朗読されるというサプライズに、客席からはすすり泣く声も漏れた。朗読が終わると、会場からは鳴りやまない大拍手が送られた。
さだにとって、倉本さんと最後に会った機会だったといい、28日に自身のインスタグラムで「今思えば先生登場の時のこと。《暗転~照明濃度まで計算し尽くして、浮き上がるように現れ~五郎さんの『遺言』を朗読~ふわりと暗転してあっという間に舞台から去る》という、あのストイックな演出。今思えばあれが我々への格好良すぎる遺言でした」と悼んだ。
倉本さんは、1935年東京出身。東京大学文学部美学科卒業後、1959年にニッポン放送へ入社。「倉本聰」のペンネームで脚本家としての活動を行い1963年退社後に独立。1977年富良野に移住して居を構えると、1984年から役者やシナリオライターを養成する私塾「富良野塾」を主宰。代表作には国民的ドラマ「北の国から」をはじめ「優しい時間」「風のガーデン」の“富良野3部作”の他、「前略おふくろ様」「昨日、悲別で」「ライスカレー」などがある。2006年から「NPO法人C・C・C富良野自然塾」も主宰し、閉鎖されたゴルフ場に植樹を行い、元の森へと返す〈自然返還事業〉と、そのフィールドを使った〈環境教育プログラム〉にも精力的に力を注いだ。











