2026/10/05 13:33
エンタメ総合
NEW 宮根誠司、『ミヤネ屋』最終回…20年間を総括「1つのテレビの役割なんじゃないかなと…」【ラストメッセージ】
宮根誠司 (C)ORICON NewS inc.
宮根誠司(63)がMCを務める読売テレビ・日本テレビ系昼のワイド番組『情報ライブ ミヤネ屋』(月~金 後1:55~)が10月2日に最終回を迎えた。
2006年7月31日から始まった『情報ライブ ミヤネ屋』は、放送5134回目となる10月2日放送回で20年の歴史に幕を閉じた。最終回には俳優の沢尻エリカがサプライズ登場。また番組のラストには、コメンテーターやかつての出演者も駆けつけた。フリーアナウンサーの藤村幸司氏も4ヶ月ぶりにスタジオ出演。瞳を潤ませた宮根は、出演者やスタッフ、視聴者、スポンサーへの感謝の言葉を述べた。
■宮根誠司ラストメッセージ(ほぼ全文)
ということで、『ミヤネ屋』今日で最後ということで、私のわがままで卒業させていただくということになりました。今、日本ではいろんなところで大きな災害が起きて大変な思いをされてる方がたくさんいらっしゃると思いますが、私でございますが、この回をもって最後に『ミヤネ屋』卒業させていただきたいと思います。まず、どこのどいつかよくわからない地方の局アナが番組をやってなんと20年も視聴者の皆さんが激励していただいて、20年続けさせていただきました。視聴者の皆さん、本当にありがとうございました。それから、多くのスポンサーの方々、長い間我々を支えてくださいました。ありがとうございました。
それから、カメラの向こうには、今日はスタッフがいっぱい集まってくれています。20年間ですからね。卒業したスタッフの方々も今日は来てくれましたけども、『ミヤネ屋』ってはじめ、わけのわかんない番組でね、(ガダルカナル・)タカさん、ね。ニュースを誰も知らない中で始まった番組だったんですけど、それがスタッフの皆さんがすごく野心的で挑戦的なコーナーを作ってくれて…。「これ、いけるのかな?」っていって、今日振り返ったら、たくさんの名物コーナーができました。ほんとにスタッフの皆さんのおかげですし、ほんとに家族のように20年間、私を引っ張っていってくれました。改めて、多くのスタッフの皆さん、ありがとうございました。
そして、私はもともと朝日放送という大阪の局アナだったんですけども、本来ならライバル局である読売テレビさんが僕を呼んでくれて、それで『ミヤネ屋』っていう名前までつけていただいて、それで月から金曜日までの番組、それを全国ネットにしていただいて。で、20年間やらせていただいた。今の私のフリーアナウンサーとしての地位を作っていただいたのは、紛れもなくこの読売テレビさんです。本当に20年間、読売テレビさんもありがとうございました。
今の正直な気持ちを言うと、その寂しい気持ちと、なんかちょっと肩の荷が降りたような気持ちもありまして、なんとも言えない複雑な気持ちなんですけども。これからまだちょっとね。僕のおそらく司会者人生っていうのは残りそんなに多くないと思いますけども、まだまだ微力ですが、何ができるかわかりませんけども、テレビをご覧の皆さんの少しでもお力になれて、平和で笑顔で、楽しいことを伝えられる司会者になれるよう精進したいなと思っておりますんで、これからもぜひよろしくお願いいたします。
そして、今日はほんとにコメンテーターの皆さんがね、番組を盛り上げていただきました。ほんとにありがとうございました。わざわざ来ていただいてありがとうございます。ほんとに、うちの番組振り返ると、テレビって不思議だなって思うのが、タカさん。意味もないことを延々やって、それが楽しくて名物企画になったり、ほんとに意味のない、生産性のないことをやってみんなで大笑いしていって、そして皆さんに顔を覚えていただいて、いざという困った時に、その我々が出向いていった時に温かく、逆に僕らが迎えていただくというのが、1つのテレビの役割なんじゃないかなという気もしましたよね。
本当に皆さん20年間ありがとうございました。これから『ニュースto』の応援もよろしくお願いいたします。それでは『ミヤネ屋』、これにて閉店ガラガラ~。さよならー。ありがとうございましたー。
■宮根誠司ラストメッセージ(ほぼ全文)
ということで、『ミヤネ屋』今日で最後ということで、私のわがままで卒業させていただくということになりました。今、日本ではいろんなところで大きな災害が起きて大変な思いをされてる方がたくさんいらっしゃると思いますが、私でございますが、この回をもって最後に『ミヤネ屋』卒業させていただきたいと思います。まず、どこのどいつかよくわからない地方の局アナが番組をやってなんと20年も視聴者の皆さんが激励していただいて、20年続けさせていただきました。視聴者の皆さん、本当にありがとうございました。それから、多くのスポンサーの方々、長い間我々を支えてくださいました。ありがとうございました。
それから、カメラの向こうには、今日はスタッフがいっぱい集まってくれています。20年間ですからね。卒業したスタッフの方々も今日は来てくれましたけども、『ミヤネ屋』ってはじめ、わけのわかんない番組でね、(ガダルカナル・)タカさん、ね。ニュースを誰も知らない中で始まった番組だったんですけど、それがスタッフの皆さんがすごく野心的で挑戦的なコーナーを作ってくれて…。「これ、いけるのかな?」っていって、今日振り返ったら、たくさんの名物コーナーができました。ほんとにスタッフの皆さんのおかげですし、ほんとに家族のように20年間、私を引っ張っていってくれました。改めて、多くのスタッフの皆さん、ありがとうございました。
そして、私はもともと朝日放送という大阪の局アナだったんですけども、本来ならライバル局である読売テレビさんが僕を呼んでくれて、それで『ミヤネ屋』っていう名前までつけていただいて、それで月から金曜日までの番組、それを全国ネットにしていただいて。で、20年間やらせていただいた。今の私のフリーアナウンサーとしての地位を作っていただいたのは、紛れもなくこの読売テレビさんです。本当に20年間、読売テレビさんもありがとうございました。
今の正直な気持ちを言うと、その寂しい気持ちと、なんかちょっと肩の荷が降りたような気持ちもありまして、なんとも言えない複雑な気持ちなんですけども。これからまだちょっとね。僕のおそらく司会者人生っていうのは残りそんなに多くないと思いますけども、まだまだ微力ですが、何ができるかわかりませんけども、テレビをご覧の皆さんの少しでもお力になれて、平和で笑顔で、楽しいことを伝えられる司会者になれるよう精進したいなと思っておりますんで、これからもぜひよろしくお願いいたします。
そして、今日はほんとにコメンテーターの皆さんがね、番組を盛り上げていただきました。ほんとにありがとうございました。わざわざ来ていただいてありがとうございます。ほんとに、うちの番組振り返ると、テレビって不思議だなって思うのが、タカさん。意味もないことを延々やって、それが楽しくて名物企画になったり、ほんとに意味のない、生産性のないことをやってみんなで大笑いしていって、そして皆さんに顔を覚えていただいて、いざという困った時に、その我々が出向いていった時に温かく、逆に僕らが迎えていただくというのが、1つのテレビの役割なんじゃないかなという気もしましたよね。
本当に皆さん20年間ありがとうございました。これから『ニュースto』の応援もよろしくお願いいたします。それでは『ミヤネ屋』、これにて閉店ガラガラ~。さよならー。ありがとうございましたー。











