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名作劇場 木下恵介生誕100年 木下アワー3人家族

番組へのメッセージ

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にわかコマキスト

とことん探究さん

既に自説は崩れてますが、私なりの屁理屈で反論(笑)

1.「こないだ」これだけはその通り(自説に従えば、そこは「きのう」と言うはずですよね)

2.11月の下旬ともなれば関東地方では「寒くなりましたねぇ」と言うのではないですか。自説と何ら矛盾しません。

3.2と同様

4.3と同様。逆に、真冬であるはずの、敬子の父親の事で相談を受けるとき、合格を知らせに敬子の会社に出向くときと、昼休みの時間帯とはいえ、コートも着ずに外出する雄一の姿には違和感を覚えました。

5.江ノ島は11月で、電話工事は12月が放送日。サブロウさんのいうように劇中の日付と放送日を合わせようとしていたので、そうするでしょう。(自説では「掛け間違えて12月」という主張ですが)

・・・と、屁理屈を並べてはみましたが、「次の日には・・驚愕する・・・暗示する演出」の「次の日」という部分は、サブロウさんの指摘で否定されましたね。

2014/11/13(木)14:14

 

通行人の一人

さすがに書込みが少なくなってきましたね。
そこで閑話を一つ。
すばらしく細やかな演出(遊び心?)と思った場面(一瞬)がありますので録画されていたら再生して観てください。
<横浜ドリームランドでの一場面>
雄一が2年後の気持ちを聞かれ「きっと変わらないと思う。」といい直した後にそっと敬子の手を握る場面の前。
→ 敬子の薬指の先にもう婚約指輪が・・・
 (指の途中にあった光の指輪が二人の手が重なることにより婚約したことを暗示させる演出?)
さすがですね。・・・(薬指だけに指輪のような光が当たっているので偶然ではないと思います。)  


それから柴田家の出を遠州浜松としたのは、ここは木下監督の出身地なのでこちらは山田太一が遊び心と(監督への)感謝を込めてここに決めたんでしょう。

2014/11/12(水)22:36

 

とことん探究

>次の日には雄一が写真を見て「驚愕する」ということを暗示する演出だった・・
そうです!にわかコマキストさんと同様、何たってこのドラマ最高のワクワクシーンですから、私もそう思っていましたし、
今でもストーリー上、それが一番だと思います。
でも、よ~く見直すと、やはり翌日とか2~3日ではない日数が経過しているようなのです。
それを示唆する場面を挙げますと、
1・「(見たら驚くと)こないだ言ってたでしょ!(健)
2・「奥さん、寒くなりましたねえ・・(工事人)」
3・雄一が家でもマフラーを巻いている。
4・パチンコ屋の他の客の服装が完全冬着である。
5・江ノ島行きの夜は11月の、この日は12月のカレンダーが茶の間に。
カレンダー掛け間違いならそれまでですし、干してる洗濯物に江ノ島で着用したものでも含まれていれば決定的なのですが・・
難関、さてどう推理するか?

2014/11/12(水)19:35

 

にわかコマキスト

(1よりつづき)

また、とことん探究さんもおっしゃってるように、ハルの「江ノ島やら洗濯やら・・・」との会話が、2週間も経ってからでは旬を過ぎてしまっていて、ちょっと不自然さは否めないと思うのです。(耕作がそういうことでハルに依頼しているのに、2週間も経ってから柴田家に来る?その間には、23,24日という当時としては珍しい連休も含めて2回も週末があるのに)

論理的というより情緒的ですいませんが、上記の理由から「初デートは12月上旬」説には疑問を差し挿ませていただきます。
と言っても、カラー写真の現像の件からすると私の11月20日説は崩れましたね。
(蛇足ながら68年の12/6は木曜ではなく金曜ですね)

2014/11/12(水)14:51

 

にわかコマキスト

サブロウさん

放映日と劇中の日付が比較的一致している(一致させようとしていた)という点には同意します。
それと、カラー写真の現像についても、「あー、そうだったな」と思わず独りごちてしまいました。
確かに、江ノ島の翌日、朝一番で写真屋さんに出したとしても、その日のうちに受け取る(今でこそ当たり前ですが)ことはムリでしたね。(東京や横浜のような現像拠点の多そうなところでもそうだったのでしょうか?)

ですが、いくら即日現像は無理だったとはいっても、2週間もかかったのでしょうか?

(2へ続く)

2014/11/12(水)14:47

 

サブロウ

にわかコマキストさん、探求さん
詳しいご検討、楽しいです。
私は初デートは探求さんと同じく12/6乃至12/7と考えます。このドラマは放映日とドラマ中の日時が比較的一致している事が多く最大で10日ぐらいの差しかつきません。第9回の放映が12/10です。
そこで、やはり12/3電話設置で2ー3日後、開通ですから、即日デートを申し込んで12/6(木)または12/7(金)と推定します。待ち合わせの喫茶店の混み具合と車のライトの多さから金曜の様な気もしますが、日程の流れからは木曜12/6でしょうか?
なお、当時カラー写真は高価で、現像焼付けも拠点現像所への送っていたはずで時間も掛ったと記憶しています。

2014/11/11(火)15:58

 

にわかコマキスト

2よりつづき

カレンダーが12月になっている件は、こう思います(全くの、私の創造です)。
スナックのシーンで、下げられたはずのグラスがまたテーブルに復活していたり、敬子のスカーフの左右や、後で登場するはずの雄一のブルーバードが、沢野のローレル越しに映り込んでしまっていたりと、ドジなスタッフが多い「木下組」(じゃなくて「川頭組」か「中川組」?)ですから、8話でも「放送日が12月だから」と単純に考えてたバカな大(小?)道具係がカレンダーを12月にしてしまったのではないでしょうか。

2014/11/10(月)20:47

 

にわかコマキスト

20日に初デートと推定したのは、写真に驚いた雄一は、敬子のことを面と向かっては弟から訊けないので、外から家に電話し、その上で訊き出そうと思っていた(それは9話のナレーションで分かる)、そして二日後に電話が使用できるようになった(それは8話の電話工事のシーンで工事の電話局職員が「二日くらいで使えるようになる」と言っていたことで分かる)それを実行したと思うからです。
ですから、健がフィルムを2週間もほったらかし、ということは無いと思います。(あれは、どう見たって江ノ島の翌日でしょう)
(3へつづく)

2014/11/10(月)20:44

 

にわかコマキスト

とことん探究さん
 4人家族さんの「エンディング」という投稿にもありますが、あれは健が江ノ島で撮ったフィルムを現像に出したのはその翌日で、すぐ次の日には雄一が写真を見て「驚愕する」ということ暗示する演出だったのではないでしょうか。
私はこう考えています。
11月16日(土)・・雄一が、昼休みに同僚と田村町まで足を伸ばした敬子を目撃する。
(余談ですが、当時は土曜も出勤だったとはいえ、「半ドン」でさえなく、フルに1日出勤だった?)
同17日(日)・・江ノ島と雄一の試験
同18日(月)・・電話工事、フィルムを現像に出し、夜、雄一はその写真を見て驚愕。
 同20日(水)・・雄一は午前中会社を抜け公衆電話で健から敬子連絡先を聞き出し、そして昼休み(が終わる直前?)に敬子の会社に電話し、その夜初デート。
 ・・・と、僅か4,5日間の出来事が、実に6~9話の4週にわたって描かれているように思うのです。
(2へつづく)

2014/11/10(月)20:40

 

サブロウ

週末東京出張で、敢えて横浜泊にしてロケ地を見て回りました。稲葉家の第一野毛山マンションは当時のままで、ドラマ中何度も出てきた入口の坂も変わっていませんでした。年に1-2回は横浜出張があり桜木町駅も何十回も利用してましたが、こんなに近くに野毛があるとは知りませんでした。
日曜日の朝は日本大通りを歩いて山下公園まで行きました。第10回と最終回のエンディングで雄一と敬子が歩いていたのは横浜地裁の前だったんですね。周囲はかなり当時とは変わっていますが、ドラマ中で写り込んでいた建物は歴史的建造物として残っています。
昼頃に敬子の出勤路を辿り日ノ出町から京急で横浜に出てJRで新橋に行きました。午後に会議済ませ帰郷しました。
このサイトがなかったらこんな楽しい時間はは過ごせませんでした。感謝しております。

2014/11/10(月)01:18