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『偉人・敗北からの教訓・こぼれ噺』を「BS11+」で配信中!
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次回以降の内容
第139回「池田恒興・長久手に散った織田家重臣の決断」(5月9日放送)
小牧・長久手の戦いで討死した織田家の重臣・池田恒興の敗北から現代に通じる教訓を探る!信長の父・織田信秀に仕える池田恒利の子として、1536年、尾張国に生まれた恒興は母・養徳院が信長の乳母となったため、2歳上の信長と兄弟のように育てられる。1570年、姉川の戦いで武功を挙げ、尾張の犬山城主となった恒興は1578年、摂津の荒木村重が謀叛を起こすと、長男・元助、次男・輝政と協力し、花隈城を陥落させた!
1582年、本能寺の変で主君・信長が横死すると、恒興は羽柴秀吉と共に謀叛人・明智光秀を討ち果たし、織田家の新体制を決める清洲会議に参加した。2年後、小牧・長久手の戦いが勃発すると、恒興は秀吉に与し、信長の次男・織田信雄と徳川家康の連合軍と激突!この時、恒興は家康の本拠地・岡崎に向け、別働隊を進めるが、長久手で徳川軍と衝突し、命を落としてしまう。恒興はなぜ、あっけなく討死してしまったのか?
岐阜県池田町にある龍徳寺に小牧・長久手の戦いで戦死した恒興と長男・元助が眠っている。20歳で父と兄を亡くした輝政は秀吉の天下統一を支えた後、関ヶ原の戦いで東軍に付き、戦後、初代姫路藩主となる。その後、池田家は一族で92万石を領する大大名家となり、輝政は晩年、「西国将軍」と称された。池田家の繁栄を知ることなく、命を散らした恒興の人生を見つめて思うことは?恒興の敗北から学ぶ教訓は...「焦りは禁物」!
【アンコール放送】
第64回「松平容保・会津戦争を招いた藩主の決断」(5月28日 木曜日 よる7時00分放送)
幕末、京都守護職として尊攘派の志士たちと戦った松平容保の敗北から現代に通じる教訓を探る。1835年、尾張徳川家の分家である高須藩主・松平義建の六男として生まれた容保は12歳の時に叔父の会津藩主・松平容敬の養子となり、会津の家風に基づく教えを叩き込まれる。18歳で会津藩主となった容保は28歳にして、京都守護職に就任。八月十八日の政変や禁門の変では主導的役割を果たし、都から長州勢を一掃する。
十五代将軍・徳川慶喜が大政奉還を行った後、王政復古の大号令が発せられ、鳥羽・伏見の戦いに突入。旧幕府軍が劣勢に立たされると、慶喜は大坂を脱出し、江戸へ逃れる。この時、容保も慶喜に随行した。朝敵と見なされた容保は江戸を追われ、戊辰戦争最大の激戦となる会津戦争に臨む。容保は新政府軍を相手におよそ一カ月間、籠城戦を展開するも、白旗を上げざるを得なかった。容保は何故、新政府軍との戦いに屈したのか?
戦後、容保は身柄を江戸に移され、蟄居生活を強いられた後、日光東照宮の宮司に任じられた。さらに、会津戦争終結から20年目に磐梯山が噴火、500人もの死者を出す大災害が発生すると、容保は多額の義援金を密かに会津に寄付していた。人知れず、会津の民に寄り添い、鎮魂の祈りを捧げ続けた容保はその5年後、59歳で波瀾の生涯に幕を降ろした。時代に翻弄されながらも、逞しく生きた松平容保の魅力とは?
『偉人・敗北からの教訓・こぼれ噺』
BS11公式YouTubeにて、毎週土曜日に配信中!
伊東潤先生への疑問・質問を大募集!
視聴者の皆様から寄せられた歴史にまつわる疑問・質問に、伊東先生がお答えします。
番組紹介
偉人たちの「敗北」「失敗」から、
学ぶべき教訓を探る!
偉人たちがおかした「歴史的な大失敗」から、その背景、要因、影響などを読み解き、
偉人の人物像を浮き彫りにするとともに、今を生きる私たちの教訓としていく歴史情報番組。
出演者・スタッフ
進行・中西悠理(キャスター)
関西学院大学卒業。元岡山放送アナウンサー。
子供の頃から歴史漫画を読むことと戦国武将の絵を描くことが趣味で、前身番組の「偉人・素顔の履歴書」の番組MCを務めたことをきっかけに、改めて歴史の面白さを実感。
実生活では、頑固な性格(笑)が禍して失敗してしまうことが多いため、「自分に似た偉人を探してしっかり勉強したい」。好きな武将は、黒田官兵衛。
過去のラインアップ
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解説・伊東潤(歴史作家)
1960年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学卒業。外資系企業に勤務後、経営コンサルタントを経て
2007年、『武田家滅亡』(KADOKAWA)でデビュー。『国を蹴った男』(講談社)で「第34回吉川英治文学新人賞」を、『巨鯨の海』(光文社)で「第4回山田風太郎賞」と「第1回高校生直木賞」を、『峠越え』(講談社)で「第20回中山義秀文学賞」を受賞。そのほかにも文学賞多数受賞。最新作に『浪華燃ゆ』(講談社)がある。