お知らせ
- 放送終了後、「TVer」にて1週間限定で見逃し配信中! 過去の放送回は「BS11+」で配信中!
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『偉人・敗北からの教訓・こぼれ噺』を「BS11+」で配信中!
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次回以降の内容
第133回「九鬼嘉隆・関ヶ原で息子と敵対した海賊大名の行く末」(3月28日放送)
江戸時代の軍記物で「海賊大名」とも称された九鬼嘉隆の敗北から現代に通じる教訓を探る!1542年、志摩国の国衆・九鬼定隆の次男として生まれた嘉隆は志摩の地頭連合との戦いに敗れ、若くして志摩を追われてしまう!ところが、1568年に上洛した織田信長の家臣となり、運命が好転。1578年、嘉隆は巨大な鉄甲船6艘を造り、第二次木津川口の戦いに挑み、毛利水軍を撃破。37歳にして、志摩一国の大名に躍進した!
1582年、本能寺の変で信長が横死すると、嘉隆は羽柴秀吉に従い、一連の天下統一戦に従軍。さらに文禄の役では大船「日本丸」を率いる水軍大将として武勇を示した。1600年、天下分け目の戦いが勃発すると、息子の守隆は徳川家康に従い、東軍に付いたが、嘉隆は石田三成に懇願され、西軍に付き、親子で敵対!関ヶ原での敗戦を志摩で知らされた嘉隆は自ら命を絶ってしまった!嘉隆はなぜ、切腹を即断してしまったのか?
守隆が父・嘉隆を弔うために建てた常安寺には、守隆が寄進した石灯篭と共に嘉隆が切腹に使ったとされる貴重な短刀が残されている。嘉隆が自害した後、一旦、京都に運ばれた首はその後、守隆により鳥羽湾と鳥羽城を望む答志島の高台に埋葬されたと伝えられている。先祖伝来の造船技術を駆使し、幾多の海を渡り、二人の天下人を支えた嘉隆の人生とは何だったのか?嘉隆の敗北から学ぶ教訓は...「自らの特殊性に驕るな」!
『偉人・敗北からの教訓・こぼれ噺』
BS11公式YouTubeにて、毎週土曜日に配信中!
伊東潤先生への疑問・質問を大募集!
視聴者の皆様から寄せられた歴史にまつわる疑問・質問に、伊東先生がお答えします。
BS11+内の見放題会員向けコンテンツ「偉人・敗北からの教訓・こぼれ噺+」にて回答しておりますが、
この度、4月1日(水)にBS11公式YouTube内にて
【「偉人・敗北からの教訓・こぼれ噺」質問スペシャル】の配信が決定しました。
併せて、お楽しみください。
番組紹介
偉人たちの「敗北」「失敗」から、
学ぶべき教訓を探る!
偉人たちがおかした「歴史的な大失敗」から、その背景、要因、影響などを読み解き、
偉人の人物像を浮き彫りにするとともに、今を生きる私たちの教訓としていく歴史情報番組。
出演者・スタッフ
進行・中西悠理(キャスター)
関西学院大学卒業。元岡山放送アナウンサー。
子供の頃から歴史漫画を読むことと戦国武将の絵を描くことが趣味で、前身番組の「偉人・素顔の履歴書」の番組MCを務めたことをきっかけに、改めて歴史の面白さを実感。
実生活では、頑固な性格(笑)が禍して失敗してしまうことが多いため、「自分に似た偉人を探してしっかり勉強したい」。好きな武将は、黒田官兵衛。
過去のラインアップ
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解説・伊東潤(歴史作家)
1960年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学卒業。外資系企業に勤務後、経営コンサルタントを経て
2007年、『武田家滅亡』(KADOKAWA)でデビュー。『国を蹴った男』(講談社)で「第34回吉川英治文学新人賞」を、『巨鯨の海』(光文社)で「第4回山田風太郎賞」と「第1回高校生直木賞」を、『峠越え』(講談社)で「第20回中山義秀文学賞」を受賞。そのほかにも文学賞多数受賞。最新作に『浪華燃ゆ』(講談社)がある。