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『偉人・敗北からの教訓・こぼれ噺』を「BS11+」で配信中!
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次回以降の内容
第148回「織田信忠・本能寺の変で下した決死の決断と運命」
(7月11日放送)
天下人・織田信長の後継者として期待された織田信忠の敗北から明日を生きるための教訓を探る!1557年、尾張国に生まれた信忠は父・信長の背を見て育ち、17歳の時、浅井・朝倉軍との合戦で初陣を果たすと、2年後、美濃の岩村城を落とした功績により、信長から織田家の家督と本拠地・岐阜城を譲られる。以来、織田軍団の総大将として、信長の代わりに戦場で陣頭指揮を執り、多くの合戦に勝利し、外交面でも活躍した。
1582年、甲州攻めの総大将を任された信忠は信長の手を借りることなく、見事、宿敵・武田家を滅亡させる。これにより、信忠は次期天下人の座を確約されるが、そのわずか3ヵ月後に本能寺の変が勃発。信長が明智光秀に討たれると、近くに宿泊していた信忠は光秀の大軍を迎え撃つが、力及ばず、自害へと追い込まれてしまった。信忠は絶体絶命の危機に直面しながら、なぜ京都を脱出することなく、光秀と戦う道を選んだのか?
信忠と信長は屋敷に火を放ち、自害した。そのため、首を掲げることができなかった光秀は周辺勢力を味方に付けることができず、本能寺の変からわずか11日後、羽柴秀吉に屈してしまう。信忠の息子・三法師は織田家の家督継承が承認されるが、織田政権の実権は秀吉に握られてしまう。もし、本能寺の変が起きた時、信忠が逃げ延びていたら、どうなっていたのか?信忠の敗北から学ぶ教訓は...「窮地に陥った時こそ冷静になれ」!
『偉人・敗北からの教訓・こぼれ噺』
BS11公式YouTubeにて、毎週土曜日に配信中!
伊東潤先生への疑問・質問を大募集!
視聴者の皆様から寄せられた歴史にまつわる疑問・質問に、伊東先生がお答えします。
番組紹介
偉人たちの「敗北」「失敗」から、
学ぶべき教訓を探る!
偉人たちがおかした「歴史的な大失敗」から、その背景、要因、影響などを読み解き、
偉人の人物像を浮き彫りにするとともに、今を生きる私たちの教訓としていく歴史情報番組。
出演者・スタッフ
進行・中西悠理(キャスター)
関西学院大学卒業。元岡山放送アナウンサー。
子供の頃から歴史漫画を読むことと戦国武将の絵を描くことが趣味で、前身番組の「偉人・素顔の履歴書」の番組MCを務めたことをきっかけに、改めて歴史の面白さを実感。
実生活では、頑固な性格(笑)が禍して失敗してしまうことが多いため、「自分に似た偉人を探してしっかり勉強したい」。好きな武将は、黒田官兵衛。
過去のラインアップ
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解説・伊東潤(歴史作家)
1960年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学卒業。外資系企業に勤務後、経営コンサルタントを経て
2007年、『武田家滅亡』(KADOKAWA)でデビュー。『国を蹴った男』(講談社)で「第34回吉川英治文学新人賞」を、『巨鯨の海』(光文社)で「第4回山田風太郎賞」と「第1回高校生直木賞」を、『峠越え』(講談社)で「第20回中山義秀文学賞」を受賞。そのほかにも文学賞多数受賞。最新作に『浪華燃ゆ』(講談社)がある。